「ちびくろサンボ」を繰り返すな

 今回の「『非実在青少年』性的表現の規制」の件で、賛成派からよく聞かれる意見に「規制されても実質的に何も問題はない、一部の『有害』な図書が書店から消えるだけだ、それも発売できなくなるわけではなく、成人向け書店では購入できるだろう」というものがある。しかし、これは事実上は正しくない。過去、似たような規制を受けた分かりやすい例がある。「ちびくろサンボ」だ。

 「ちびくろサンボ」は、ヘレン・バンナーマン氏による絵本である。さまざまな改変版があるようだが、その内容は「肌の黒い子供、サンボが虎に襲われるが、木に登って逃げる。サンボを追いかけて行った虎は木の周りをぐるぐる走りまわっているうちにバターになってしまう」というものだ。しかしこの絵本は突然絶版になり、世の中からほぼ消えてしまう。理由は「黒人差別に当たるから」。実際、「黒人差別をなくす会」から発売主の岩波書店などに対し抗議が寄せられたそうだ。その結果、一見無害に見えるこの絵本は書店から消えたばかりか、図書館などからも消えてしまう。

 「ちびくろサンボ」が差別的表現を行っていたかには議論の余地があろう。私には差別があるようには思えないが、一部の人にとっては差別的に思えるのかもしれない。しかし、当時はその議論をすることなく日本から「ちびくろサンボ」が消えた。

 今回の「非実在青少年」規制は、「ちびくろサンボ」の悲劇を繰り返す可能性がある。この事件が示唆しているのは、「規制に抵触していなくとも問題となる」ということと、「主観的な批判でも問題になる」という2点だ。

 現在の出版不況の中、経営が苦しい出版社が問題になるかもしれない危ない表現を許すだろうか。もし出版物に物言いがついて全回収となったら、相当なコストがかかる。出版社側は万全を期すため、グレーゾーンはおろか、「許されるぎりぎりの表現」ですら許さなくなるかもしれない。そもそも今回の規制では、曖昧で主観的な基準しか用意されていないのである。

 また、「ちびくろサンボ」よりも差別的に黒人の姿を描いた作品は多数ある。それなのになぜ「ちびくろサンボ」だけが絶版になったのだろうか? この例を見る限り、「非実在青少年」規制についても「声の大きい人が気にくわない作品を攻撃して絶版に追い込む」という事態が起こり得ると思ってしまうのは私だけだろうか。

 青少年を守るために、過激な表現を制限すべきということ自体に異議はない。しかし、制限を行うなら客観的なルールを定め、「表現の自由」という権利に対する制限を最小限に抑えるように配慮すべきだ。「ちびくろサンボに差別的な表現がある」という主張が客観的ではないのと同様、「18歳未満に見える」、「著しく社会規範に反する行為を肯定的に描写」という主張は主観的すぎる。